1966年、高度経済成長期まっただ中に誕生したのが旧千代田生命本社ビル、現・目黒区総合庁舎である。昭和を代表する建築家、村野藤吾が70歳を超えてなお意欲的に取り組んだ建築で、丸く切り抜かれたトップライト、フリーハンドで描かれたらせん階段、わざとシンメトリーではないエントランスホールなど、今の直線的、機能的なオフィスビルにはない、優美でロマンティックな要素がたっぷり。
右側は水を張った室内に八角形の柱が並び、左側はアクリル製の十字型照明。入り口もやや左寄りというアシンメトリーな作り。
実はこの目黒区総合庁舎、家の近くなのでよくバスで前を通っていたのだが、神経質ともいえるほどの律儀さと正確さで細かく区切られた窓がビル一面を覆うように整然と並んでいるさまはとにかく圧巻で、いつか降りて中を見たいと思っていた建築だった。
「定規だけでできるような建物は非常に冷たい。人間を跳ね出すようなものですよ」と、村野藤吾は語り、フリーハンドで描いた曲線が美しいらせん階段にこだわりを見せたというが、バスの車窓から外観だけをちらっと見た限りでは、整然と並ぶ窓たちは、それこそ「定規だけでできるような」正確さを追求し、非人間的な連続性を突きつけているかに思えた。
しかし、車を降りて近寄ってみると、現代のオフィスビルにはないぬくもりというか、余計なものというか、素材や形に愛らしさやこだわりがいっぱい詰まっているビルだった。
定規で引いたように見えた窓も、近寄ってみると、ゆるやかな曲線を描いている。水やグリーンなどの自然の要素もあり暖かい印象。
外壁も一部レンガのような作りになっている。窓の形もかわいい。
入り口から二つ一組で配置されているトップライトは”春夏秋冬”を表しているという。ダイヤモンドのカットを思わせるデザインも素敵。
見所のひとつ、フリーハンドで描かれたらせん階段。
いろんな色のコラージュが美しいけど、用途はなんだろう?
東京のちょっと昔、昭和のモダンビルは、シンプルでありながら、まるで工芸品のような人間の手技を感じさせる工夫やアクセントもたっぷり。日本の乙女オフィスビルなんていう企画があったら、きっとランクインするにちがいない、かわいいビルなのだ。エントランスホール付近には建築に関する雑学もパネルになって展示されているので、きっと建築ファンも多く訪れているのだと思う。
エントランス近くで見つけたイス。カフェに置きたい感じのおしゃれなかわいさ。
こんな優美でセンスのいいビルで働いていたなんて、高度経済成長期の大企業OLがちょっとうらやましい。
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