乙女チップス
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洋酒マメ天国を大人買い

今年は、昭和の懐かしカクテル「ハイボール」の人気が復活。ブームを牽引しているのは、日本初の本格ウイスキーを生んだサントリーだ。

ウイスキーと聞くと、ほんのり文化の薫りを感じてしまうのは、おそらくそれが、新橋のガード下やセンター街の居酒屋チェーン店よりも、銀座の路地裏に佇むシックなバーのほうが似合うお酒だからではないだろうか。そしてそこでは、紳士たちが、骨董やら船やら歴史やら、ちょっと洒落ているか、あるいはちょっと難しいことを低い声でささやきあっていたりするのだ。

そんなウイスキーのイメージ醸成に一役買ったツールとして思い起こされるのが、1956年に発行され、サントリーの前身「寿屋」とチェーン契約を結んだバーに配布された、伝説のPR誌「洋酒天国」である。

それがどんな雑誌だったかは、創刊当時の編集責任者だった開高健に語ってもらうことにしよう。

「コマーシャル色は徹底的に排除し、香水、西洋骨董、随筆、オツマミ、その他、寿屋製品をのぞく森羅万象にわたって取材し、下部構造から上部構造いっさいにわたらざるはなく、面白くてタメになり、博識とプレイを兼ね、大手出版社発行の雑誌の盲点と裏をつくことに全力をあげた。莫大な稿料を払いはしたが気に入らない原稿はお金だけ完璧にお払い申し上げたあと、さっさとボツにした。大先生のも小先生のもつまらなければかまうことなく無視した。」(開高健「やってみなはれ」、『やってみなはれ みとくんなはれ』所収、新潮文庫)

すごく、すごく贅沢な雑誌だったのが伝わってくる、知的遊戯が酒のつまみになった時代の証言。「熱っぽい会社だった。熱気でムンムンとしていた。私たちは会社と仕事を愛していた。私たちも愛されていた」とは、開高に誘われて「洋酒天国」の編集に加わった山口瞳の弁(前掲書所収「青雲の志について」より)。そんな熱気の中で生まれた「洋酒天国」は大当たりし、発行部数は20万部に届くほどになったという。1969年には、その愛蔵版ともいえる豆本版『洋酒マメ天国』全36巻も刊行されている。

前置きが長くなったけれど、実は自分へのクリスマスプレゼントに『洋酒マメ天国』全巻大人買いをしてみたのでその紹介を書きたかったのであります。本というよりも雑貨といっていい、完璧に美しくかわいい小さな本。

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全巻とも表紙を柳原良平が担当。ビビッドな色とシンプルな構図、英文だけのタイトルがとてもおしゃれ。裏表紙にも柳原良平のイラストがあって、ひっくり返しても隙がない。カバーを外すと、中は赤い皮張りふうの豪華な装丁で、一冊ずつ違うマークが金色で箔押しされている。

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植草甚一、江国滋、秋山庄太郎 、澁澤龍彦、野坂昭如、伊丹十三など、執筆陣も豪華そのもの。中面のイラストも、横尾忠則や湯村輝彦、金子國義や和田誠が担当していたりする。

それほど強力なコンテンツを抱くこの豆本はしかし、読もうと思ってページを開くとパリっと背表紙が割れるような音がしたりする(笑)。おっかなくってとても読もうという気になれない。私の前の持ち主も単に鑑賞用か記念として購入したらしく、ほとんどページが開かれた形跡がなかった。この役に立たなさも贅沢でいい!?

こんなに美しい本なんだから、すみずみまで読み尽くそうなんて邪心は捨てて、雑誌黄金時代の記憶が封じ込められている壊れやすい宝石箱を買ったのだと自分に言い聞かせ、ただただ鑑賞することにします……!

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