乙女チップス
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山の中の古本王国、ヘイ・オン・ワイ

もう一度行ってみたいな、と繰り返し思い出す場所がある。

ウェールズにある小さな村、ヘイ・オン・ワイだ。

ここは山の中に突然現れた古書の村として世界的に有名な場所。牛や羊が草を食むのどかな丘陵地帯に、突如、古本屋さんばっかりの村が生まれるなんて、なんだか奇跡みたいである。それがどれだけのどかな場所なのかは、グーグルマップの衛星写真をみるとよくわかる。


View Hay-on-Wye in a larger map

ヘイ・オン・ワイが本の村としての歴史をスタートさせたのは今から48年前の1961年。リチャード・ブースという一人の風変わりな人間が、一軒の古本屋を開いたことに始まる。
ブース家は1903年からヘイ・オン・ワイの近くに住んでいる旧家。リチャードは、オックスフォードを出ると、自身のルーツであるこのウェールズの土地に戻ってきて古本屋を始めた。その後、彼はなんと古城を買い取って、まるごと本屋さんにしてしまう。

以下がその「Hay Castle book shop」である。


おとぎばなしに出てきそうなお城の中は全部古本だなんて! なんてわくわくする試みなんでしょう!
本好きにとってのテーマパークみたいな様相を帯びてきたヘイ・オン・ワイは、いつしか「村おこし」の好例として世界中に宣伝されるようになる。そうして小さな村にぞくぞくと古本屋がオープンしていく。今では40軒近くまでその数は増えているという。
神保町の古書店が約170軒というから、そんなものか? とつい思ってしまうけれど、ここが本当に小さな田舎の村。人口密度も神田の比ではなく、ちょっと歩くとすぐに端っこにたどりついて羊とご対面、などという自然豊かな場所にしては、びっくりするぐらいの数である。

1977年についにブースはヘイ・オン・ワイを独立国にすると宣言し、自らが「リチャード書籍王」として王様に就任した。どこまでも風変わりな彼は、その後しだいに町の中で孤立していき、1984年には破産を宣告されてしまう。


これがそのリチャード・ブースのお城じゃないほうの本屋さんBooth Books


しかし、その後、彼が創造した「古書の村」のコンセプトは世界に波及。ベルギーで、南フランスで、スイスで、ぞくぞくと「古書の村」や「古書の町」が生まれていった。

「世界中に生まれようとする『本の王国』運動に賛同したり共感したりする者たちが、次々にヘイ・オン・ワイをめざして“巡礼”するようになったのだ。 1998年の時点で、ヘイ・オン・ワイには年間100万人が訪れているという。いまヘイ・オン・ワイは30軒の古書店とたくさんの骨董屋と、そしてリチャード書籍王を戴くヘイ古書城で賑わっている。」(松岡正剛の千夜千冊『本の国の王様』リチャード・ブースより)

石作りの建物が連なる「イギリスの美しい村」そのものの外観の中に孕んでいる古書という「異物」。けれども、村がアンティークであるゆえか、アンティークの本が「異物」とならず、むしろ完璧に調和してしてしまっている。本好きな人が夢想するおとぎの国みたいな、ヘイ・オン・ワイ。




しかも、本屋さんのまわりを、こんなほのぼのとした自然が取り囲んでいる。

神田みたいに密度の濃い都会の古書街もわくわくするけど、自然や古い町並みなどを楽しみながら、ある種のリゾート気分でブックハンティングできる村なんて、やっぱり素敵だ。

ヘイ・オン・ワイでの一泊二泊はこんなふうに過ぎていった。本屋さん巡りをし、こぢんまりとしたB&Bに泊まり、夜は歴史のあるパブでおいしいお料理を食べ、ビールを飲んで、朝に大きなアヒルの目玉焼きをいただいて、また本屋さん巡りに戻る。くたびれたらぶらぶらと川べりを散歩したり、「美しいイギリスの村」そのものを鑑賞する。「古書」「自然」「古い町並み」が三点セットで楽しめて、もう完璧に楽しい旅行だった。

都会の喧騒やめまぐるしい流行やChange!の怒号にちょっとくたびれた夜には、かつて訪れた美しい本の王国を思い出し、しばし現実逃避するのである。

<参考>
松岡正剛の千夜千冊『本の国の王様』リチャード・ブース
Richard Booth BBCの記事



1 Comment to “山の中の古本王国、ヘイ・オン・ワイ”

  1. ヘイ・オン・ワイいきたい http://otome.chips.jp/?p=419