乙女チップス
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曲線と直線をめぐるパリのメトロ9番線建築散歩
Categories: おでかけ, 建築

アール・ヌーヴォーという言葉の発祥地、フランス。その首都パリには、エクトール・ギマールが手がけた植物を想起させる地下鉄の入口を筆頭に、今も日常風景の中に、かつてヨーロッパを席巻した芸術運動の名残りが息づいており、注意深く街を歩けば、窓枠や手すり、ホテルのロビーなどに、アール・ヌーヴォーのかけらを簡単に見つけ出すことができる。

しかし、そんな「ふだん着のアール・ヌーヴォー」じゃなくて、せっかくメッカなのだから、もっと本格的なモノが見たい! と所望する人たちが目指すのが、ギマールが手がけた建築が10軒以上残る高級住宅街の16区、駅で言うと9番線のJasmin駅である。

しかし、Jasminに行く前に、9番線では降りておかなければならない駅がある。世紀の悪趣味建築、「ラップ通りの集合住宅」があるAlma – Marceau駅だ(ちなみにこの駅前には、かのダイアナとドディが事故死したトンネルがある)。

「ラップ通りの集合住宅 」(1901年)by ジュール・ラヴィロット、29 ラップ通り 75007 パリ, フランス

アダムとイブを描いたという少年少女のなまめかしい裸身、怒りを湛えているかのような牛の頭、トカゲの形のドアノブ……あまりにも過激で過剰な装飾が、幻覚のような曲線とともに外壁を覆っている。ギマールと並び、アール・ヌーヴォーの建築家として著名なジュール・ラヴィロット1901年の代表作「ラップ通りの集合住宅」は、「悪趣味」という批判も多い中、1903年にはパリ・ファサード・コンクールで賞を獲得している。

くらくらする頭を抱えつつ1分ほど歩くと、もう一つのラヴィロット建築「ラップ広場の集合住宅」がすぐ見えてくる。

「ラップ広場の集合住宅 」(1900年)by ジュール・ラヴィロット、3 square rapp 75007 パリ, フランス

ラヴィロット自身も住んだと言う「ラップ広場の集合住宅」。「ラップ通り」に比べると瀟洒な印象の建物だが、セラミック作家アレクサンドル・ビゴによる陶器の装飾、植物を思わせる曲線を描くアイアン・ワークは、やはり、過激で過剰だ。鉄や陶器、ガラスや石などの固く強固な建材を、イマジネーションの力で、もっと生命感の漂う、自由なかたちに変えてみたい! という革命的なパワーに圧倒されてしまう。眺めていて癒されるのではなく疲れる、と感じるのは、100年の時を越えていまなお伝わってくる当時の建築家の挑戦が放つ攻撃性ゆえではなかろうか。

気を取り直して(?)、再びメトロに乗ってJasmin駅へ向かってみよう。この駅近くのラ・フォンテーヌ通りは、まるで100年前のパリにタイムスリップしたかのように、20世紀初頭のアール・ヌーヴォー建築が今も残されているエリアなのだ(下の青く打った点はすべてギマールの建築)。

さて、このエリアで最も有名なアール・ヌーヴォー建築といえば、若きギマールの出世作となった、1898年完成のカステル・べランジェだろう。

「カステル・べランジェ 」(1898年)by エクトール・ギマール、14, rue La Fontaine, パリ, フランス

ラヴィロットに負けず劣らず、こちらも悪趣味ぎりぎりの過剰で過激なパワーが漲る建築。波打つ壁、くねくねした鉄、うねる彫刻……発表当時は「べランジェ」ならぬ「デランジェ」(錯乱した)と揶揄されたというが、確かに悪い夢を見ているような気持ちになる外観だ。しかし、これがパリ・ファサードコンクール第一回受賞作となったことで、ギマールは一躍有名になり、その後、パリの景観において重要な役割を担う建築家になっていくのである。

このカステル・べランジェがあるあたりは、今なおそこかしこにギマールの作品が残る、アール・ヌーヴォー建築ファンにとって聖地のようなエリアである。


Hotel Mezzara (1910) by Hector Guimard 60 ラ・フォンテーヌ通り、パリ、フランス

Apartment, rue La Fontaine (1912), by Hector Guimard17 ラ・フォンテーヌ通り パリ、フランス

そこに残る20世紀初頭のギマール建築たちは、ふっくらしているといった程度の曲線を描く外観に、植物を思わせる有機的なデザインの窓枠がアクセントとして添えられた、シックな印象のものばかり。ラップ通りやカステル・ベランジェのような、見るものを不安に陥れるような攻撃的な要素はなく、エレガントで落ち着いた建築である。ギマールは、カステル・べランジェから10年ほどのあいだに、何かの葛藤と折り合いをつけて、このシックなスタイルを確立したのかもしれない。

ラ・フォンテーヌ通りをそれて、少し歩くと、1909年、ギマールがアトリエ兼自宅として建てた「Hotel Guimard ギマール自邸」がある。

Hotel Guimard(1909), 122 Rue Mozart paris、パリ、フランス

こぢんまりとした六階建ての建物は、感じがいいと言ってもいいぐらいの落ち着いた印象だが、遠くから見ると、そのころんとふくらんだ外観はくっきりと他と違って見え、実は強烈な個性をアピールしているのがわかる。過激な悪趣味は消え失せているけれど、ひとつひとつ装飾を変えた窓、ドレスをまとったようなドレープが美しい彫刻を添えたドアなど、十分に印象的。このギマール自邸は彼の最盛期の作品といえ、1964年に歴史的建造物に認定された。

さて、アール・ヌーヴォー建築を堪能した後は、せっかくjasmin駅に来たのだから、近くにあるル・コルビジェ財団を訪ねてみよう。ここには、見学可能なラ・ロッシュ邸がある。

Villa La Roche(1923),by Le Corbusier  8-10, square du Docteur Blanche 75016 Paris、フランス

ダリが描く悪夢のようなアール・ヌーヴォーの世界から、一足飛びに現代へ。ラ・ロッシュ邸に足を踏み入れると、「ああ、この空間、よく知っている」という安心感がこみ上げてくる。やっと私は、19世紀末に一瞬花開いた曲線と過剰装飾の幻想から、住み慣れた、機械的な、直線的な現実に戻ってきたのだ。近代建築の巨匠であるコルビジェは、きっと、いま私たちが接しているオフィスビルやマンションなどの居住空間の基礎を築いたのだろう、と、ここにくると実感する。

しかし、ほっとする反面、ちょっとつまらない気もしてしまうのも事実。あの未確認生命体のごとく、ひたひたと人の心の中に沁み込んでくるようなアピール力は、快適でコンビニエンスで大量生産可能な現代へと続くもうひとつの建築革命によって、もはや不要品として歴史のかなたへ片付けられてしまったようで、ちょっと寂しいのである。

<こぼれ話>
・ラヴィロット建築のパワーにやられて疲れた人には、Alma – Marceau駅近くの高級ホテル、プラザ・アテネでのお茶がオススメ。10ユーロぐらいで、優美なアール・ヌーヴォースタイルのカフェで一息つけます。ここのアール・ヌーヴォーは攻撃的ではなくエレガントなのでとても落ち着きますよ。

・Alma – Marceau駅近くには一部で大人気の下水道博物館もあります。

・Jasminのコルビジェ財団だけでは物足りないモダン建築ファンは、さらに9番線でブローニュ・ビアンクール辺りまで足を伸ばすといいでしょう。そこには30年代のコルビジェのビルが密集しているエリアがあります。〔参考URL

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