乙女チップス
カワイイもの、古いものを集めた乙女派ウェブマガジン
プラハのキュビズム建築めぐり
Categories: おでかけ, 建築

チェコを訪れたらぜひめぐってみたいと思っていたのが、キュビズム建築。
キュビズムは、20世紀初頭に、ピカソやブラックが主導した切子を思わせる幾何学的なデザインが印象的な芸術運動だが、これが建築に適応されたのは、世界でもここチェコだけなのだ。

その不思議な魅力は、言葉を尽くすよりも、見ていただいたほうが手っ取り早い。
まずは、キュビズム建築が密集するプラハのヴィシェフラト地区へと足を運んでみよう。

一見シンプルで機能的な現代の建築のようだが、よく見ると、ギザギザの柵、カクカクとしたパターンが連続する壁面などが普通とは違うことに気づく。鋭利なナイフで慎重に削ぎ落としたような壁面に入る陰影が印象的な邸宅だ。ここは、チェコのキュビズム建築を代表する建築家のひとり、ヨゼフ・ホホルによる「コヴァチョヴィチ邸」(1912-1913)。

下の写真はコヴァチョヴィチ邸の裏玄関。星のような模様が施されたドアがとてもチャーミング。

続いて、コヴァチョヴィチ邸から徒歩数分でたどり着く、ホホルの代表作と言われている「ネクラノヴァ通りの集合住宅」(1913-1914)へ。

宝石を思わせるプリズム型のモチーフが、殺風景になりがちな白い壁面を立体的に彩っている。白い箱のような建築に見慣れない斜めの直線が加わっただけで、こんなに前衛的に思えるなんて。すごく変わっているものよりも、錯覚かもしれないと思う程度に変わったもののほうが、より深い印象を残すものなんだなぁ、と、この建築をみてしみじみ思う。

続いて、ヴィシェフラト地区最後のホホル作品、「ヴィシェフラトの三世代住宅」(1912-1913)へ。

これはホホルが最初に手がけたキュビズム建築。門扉や窓枠がギザギザしているが、屋根の形などは昔風でかわいらしい印象。
しかし、どの建築も、その立体的な壁面が刻む陰影が、見る角度によって違う表情を生み、見ていて飽きない。

続いて、観光名所が多くにぎやかなプラハの中心地にあり、キュビズム美術館やカフェを併設する「ブラック・マドンナ」(1912)へ。手がけたのは最も多くのキュビズム建築を残したというヨゼフ・ゴチャール(1880-1945)。

ここは外見もさることながら、中の階段のあしらいや、キュビズムカフェ「Orient」の内装がため息が出るほどすてきなので内部を特に念入りにご紹介。


キュビズムらせん階段


カフェオリエントのキュビズムシャンデリア

そしてキュビズムコートハンガー

……なんだか、現実とはほんの少しルールが違う異界に放り込まれた不思議の国のアリスのような気分になる。ここでは無表情な直線や曖昧な曲線、平坦な面は否定され、ギザギザや多面体であることが正なのだ。

さて、お次は、ゴチャールが手がけた邸宅「フラッチャニの二世帯住宅』へ。ここはプラハ城の裏手の閑静な住宅街にあり、前回ご紹介したストラホフ修道院へ向かうトラムで途中下車すると簡単に行くことができる。

これまで激しいギザギザ空間に浸りきっていたので、最初はその前を素通りしてしまったくらいの控えめなキュビズム。それもそのはず、この邸宅は、アール・ヌーヴォー様式で進んでいたものに、途中からキュビズムを足していったのだそうだ。

この建築を前にして、さっきまで迷い込んでいた不思議の国から解放されたような気分になった私は、次にゴチャールが手がけた「チェコスロヴァキア・レジオン銀行」(1921-1923)へ向かった。


「あれ、ギザギザじゃない?』というのが最初の印象。この果てしなく○が連なる不思議なスタイルは、後に「ロンド・キュビズム」と呼ばれるようになる建築様式。それでは中に入ってみよう。

重厚で華やかな玄関ホール。この建築が設計されたころは、ちょうどチェコスロヴァキアがハプスブルク家から独立し、民族意識が高まっている頃であり、このホールも民族カラーの赤と白を基調にデザインされている。

そしてこちらが銀行内部。ガラスの天井からは明るい光が射しこみ、実際にたたずんでみると、その豪華さに圧倒されてしまう。世界の美しすぎる銀行ランキングというのがあったとしたら間違いなく上位に入りそう。この建築の成功により、ゴチャールはチェコを代表する建築家として不動の地位を得たのだそう。

さて、最後に、チェコを代表するキュビズム建築家の残り一人、パヴェル・ヤナーク(1882-1956)によるロンド・キュビズム建築、「アドリア宮」(1922-1925)を訪れてみよう。

アドリア宮とはいっても、別に宮殿ではなく、もともとはイタリアの保険会社のためにたてられたビル。重厚で宮殿のようであることからアドリア宮と呼ばれるようになったそう。

ある意味で重苦しい外観だが、中は、ロマンティックと言っていい優しげなデザイン。

さっきまでいた異界では、すべてがギザギザと折れ曲がり、世界でここにしかない個性を放っていたが、このロンド・キュビズムは、世界のどこにもないようで、どこかの古代遺跡を訪れれば出会えるかもしれないような懐かしさもある。

チェコのキュビズム建築は、20世紀初頭 の約10年の間に花開くように生み出され、そして二度と作られなくなった、いわば「幻の」芸術運動。では、その歴史上の花火は儚く消えてしまったのかというとそうではなく、今もしっかりプラハの街にとけ込み、往時の美しさを保ちながら人々に普通に使われている。

<関連記事>
美しすぎる図書館、プラハのストラホフ修道院
曲線と直線をめぐるパリのメトロ9番線建築散歩
フォトギャラリー、美しいパリの窓
フォトギャラリー、パリの美しい階段
美しいニューヨークのアール・デコ・ビルディング

Comments are closed.